
一般公開国際シンポジウム
題目:日独文化交流史上の在日ドイツ兵捕虜とその収容所
第1部:10時00分−13時00分
第2部:14時00分−18時00分(途中15分間休憩)
場所:岡山大学文学部講義棟26番講義室(
第1部:中国四国内の収容所を中心に(日本独文学会主催)
基調講演者:ディルク・ファン・デア・ラーン(元ドイツ東洋文化研究協会理事):
在日ドイツ兵捕虜と日独文化交流
パネリスト:瀬戸武彦(高知大学教授):似島収容所
森 孝明(愛媛大学教授):松山収容所
高橋輝和(岡山大学教授):丸亀収容所
川上三郎(徳島大学教授):徳島・板東収容所
ディルク・ギュンター(徳島大学非常勤講師):徳島・板東収容所における日本文化の紹介
井戸慶治(徳島大学准教授):ドイツ兵捕虜と「武士道」
司会者: 安藤秀國(愛媛大学教授)
第2部:中国四国外の収容所を中心に(岡山大学社会文化科学研究科主催)
基調講演者:田村一郎(前
容所の概要
パネリスト:星 昌幸(
内野健一(ドイツ兵捕虜研究者):静岡収容所
校條善夫(名古屋日独協会理事):名古屋収容所
堀田暁生(
大津留厚(神戸大学教授):姫路・青野原収容所
ヴォルフガング・ミヒェル(九州大学教授):福岡収容所
堤 諭吉(
安松みゆき(別府大学教授):大分収容所
小谷厚三(日本近代文学研究者):フリッツ・ルンプ
司会者: 田中 優(岡山大学教授)
問合せ先:岡山大学・高橋研究室・電話086-251-7439・メールEgerman@cc.okayama-u.ac.jp
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迷惑メール防止のため、アドレスの頭にEを被せてあります。
シンポジウムの趣旨
2005年と2006年には「日本におけるドイツ年」として日本各地で多彩な企画が実施されました。その中で特に一般人のみならず、専門家の注目を浴びたのは、2005年にドイツ東洋文化研究協会(OAG)が東京のドイツ文化会館で開催した企画展「日本におけるドイツ人捕虜1914年−1920年」と2006年に各地の映画館で上映された東映系の「バルトの楽園(がくえん)」でした。これらの催し物によって、第1次世界大戦時の日本の各地(東京、習志野、静岡、名古屋、大阪、姫路、青野原、似島、松山、丸亀、徳島、板東、福岡、久留米、熊本、大分)に約4,400名ものドイツ兵(これに300名ほどのオーストリア・ハンガリー兵が加わる)が捕虜として収容されていたという歴史的な事実そのものが広く再認識されることになったのは幸いでしたが、在日ドイツ兵捕虜とその収容所の世界史的な意味、とりわけ日独文化交流史上の重要性は、一般人はもとより専門家にも未だに十分理解されているとは言い難い状況です。
本シンポジウムの発表者達がこれまで個別に行って来た研究の成果を総合すると、ドイツ兵捕虜の先進的な技術を利用したいと考えた日本側の期待によく応えて、彼らが行った所外労働や技術指導と製作品展覧会が当時はまだ発展途上国であった日本の農業、牧畜業、手工業、機械工業やスポーツ、音楽の振興に大いに貢献し、さらには終戦・解放後も多くの元捕虜が日本に残って産業界や教育界において活躍した結果として、ドイツの文化と技術に対する一般日本人の肯定的な観念がこの時代に一挙に固まり、日本全国に広まって行ったと考えられます。
その際にドイツ兵捕虜の動向を頻繁に報道した、当時の最も身近なマスメディアとしての新聞が果たした役割にも大きなものがあったに違いありません。
他方、多くのドイツ兵捕虜あるいは元捕虜によって日本の文化や歴史の理解と紹介も極めて積極的になされて、その後の今日まで続くドイツ人の日本観の形成に大いに寄与したと思われます。
本シンポジウムでは各収容所の研究者が一堂に会して、各収容所やドイツ兵捕虜個人の日独文化交流に関わる活動とその日独双方での反響や評価を総合的に検証します。シンポジウムは2部から構成されていて、第1部は日本独文学会主催で「中国四国内の収容所を中心に」報告・討論され、第2部は岡山大学大学院社会文化科学研究科主催で「中国四国外の収容所を中心に」報告・討論されます。
2部とも日本語を使用して一般公開しますので、多数の方々のご来聴をお待ちしております。
会場への交通案内 (社会文化科学研究科と文学部は同じ場所です)

JR利用
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岡山駅前から岡電バス「岡山大学・妙善寺」行に乗車, 「岡大西門」で下車 |
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岡山駅前から岡電バス「津高営業所」行に乗車, 「岡山大学筋」で下車, 徒歩約7分 |
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岡山駅西口から岡電バス「岡山理科大学」行に乗車, 「岡大西門」で下車 |
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岡山駅西口からタクシー 約7分 |
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JR津山線「法界院」駅で下車、徒歩約10分 |
航空機利用
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岡山空港から中鉄バス「 |
山陽自動車道利用
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岡山ICで降り, |

